人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

TLP第二弾

飛び込みレッスンプロジェクト、略してTLP第二弾として、長女を三人の先生にレッスンしていただく、という企画を実行中です。われ等夫婦に足りないもの、長女の現在もっとも大事だと思われるポイントを浮き彫りにするため、今後のご指導をおまかせすることも念頭において体験レッスンに参加しているのです。

 

今回は自宅からほど近い、近所でも「変わり者」と有名な先生にレッスンいただきました。

 

特定されてしまうのも困りますので大雑把に書きますが、まあ、なんといいますか、家の門構えからして「うわあ……」と見上げてしまうような、そんなご自宅兼レッスン室です。中の雑然とした感じといい、少し暗めの室内といい、独特の雰囲気があります。上階からはチェロの音色、一階からは子どものヴァイオリンの音色。ええ、ここは異世界です。

 

以前、渋谷の楽器屋さんに伴奏あわせのレッスンにうかがって面食らったことがありました。そこは、古い雑居ビルの一室。古くて毛ばったカーペットがビッチリと敷き詰められ、部屋の真ん中に雑然と弦が張られていないヴァイオリンが、まるでゴミのように山積みにされている、という恐ろしい光景でした。これからキャンプファイヤーでもやるの? というくらいの山積みです。

 

その中でも程度のよさそうないくつかのヴァイオリンは壁にきれいに吊り掛けられていて、「ああ、よく弾ける子はこうやって飾られ、ダメな子はこうやって山積みにされるのか……怖い世界だな」とヴァイオリン界のヒエラルキーを見た気分でした。

 

そんな恐怖体験を思い起こさせる雰囲気をこのレッスン室は持っています。

 

第一弾でうかがった先生のレッスン室も床に荷物が散乱していたので、もしかしたら音楽家は整頓能力に欠けるのだろうか、などと妄想してしまいました。

 

ホームページでこの教室を見つけたときは、「なんだか厳しそうな先生だな」という印象を抱くくらいカチッとしてらっしゃったのですが、実際にお会いしてみるとずいぶんと気さくな感じ。私たちの見当違いな質問に対しても的確に、しかも本音でお答えくださり、非常に勉強になるひとときを過ごしました。主に音大受験やコンクールにまつわる裏話をたっぷりと聞かせていただいたおかげで、レッスンの最初の三十分が終わってしまったくらいです。長女はずっと手持ち無沙汰にぶらぶらとしていました。

 

ようやく「じゃあ、聴かせてくれる?」と先生がおっしゃって、レッスンが始まりました。ヴァイオリンを構えて弾こうとしたら

 

「あれ、調弦は?」

 

長女、開放弦をすべて鳴らし、「音はあってるでしょ」という目をします。

 

「……調弦、それでいいんだ? ほんと?」

 

長女、困った顔。妻が「いつもレッスン前に先生に合わせていただいていまして……」と伝えると

 

「そっか。私やろっか?」

 

長女、ヴァイオリンを差し出します。するとササッと弾いて器用にアジャスターをまわし、修正してくださいました。すでにこの時点で私は「ああ、もしかして」と思いましたが、そのときは言葉を飲み込みました。

 

レッスン内容は主に長女が弾いてそこにいくつかコメントしていただく、というタイプのもの。ご自身は弾いてはくださいませんでした。コメントは的確だし、長女も納得して聞き入っていましたので、相性はよさそう。

 

しかし、私が懸念した決定的なひとことが先生の口から漏れます。

 

「運指も弓使いもよく鍛えている。拍のとりかたも悪くない。曲の捉え方も音楽的センスもなかなかいいと思う。でもね、音程が甘すぎる。まずもって左手の親指の位置からして違う。ちゃんとコツを教わっていないんでしょう」

 

とのこと。そこからいくつか親に質問され、現状どのような先生に教わり、どのようなレッスンを受けているのかを詳細にわたってお伝えすると、

 

「ああ、納得した。それでか」

 

何かを納得されてしまいました。

 

これは、もしかしたら「教室を変えるように仕向ける常套句」なのかもしれません。占い師と一緒で、状況から判断して自分の教室に来るように仕向けるための餌なのかもしれません。しかし親も若干不安に思ってきたことをピタリと言い当てられ、その理由についても、対処法についても、ある程度明示してくださったことで、ぼんやりしていた不安がより明確な不安として形になっていきます。

 

ふかぶかとお礼を言い、お教室をあとにしながら、長女にわからないように夫婦ふたりで目を見合わせました。

 

――うん、TLP、やってよかった。

 

無言でも、その思いはお互いに伝わります。親が「物足りない」と思う勘は、比較的正しいのですね。おかしい、これはどう考えても足りていない、と思ったとき、行動に出るというのはとても大切なことなのだと思います。

 

少なくとも、それを知ることができただけでも、この企画は成功です。

 

残り、お一人の先生にレッスンいただきます。それをもって会議を開き、最終的な決断へと向かいますが、ある程度の方針は固まりました。

 

また、一歩前へと進みます。

 

ではまた。

 

 




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