人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

遊びでやっちゃダメ?

ヴァイオリンは不思議な楽器だな、とつくづく思ったので書き残しておきます。

 

私は若かりしころ、ロックと名のつく曲のコピーバンドを遊びで楽しくやっておりました。誰に披露するでもなく、それで生計を立てようと考えたわけでもなく。ですからギターの腕前はひどいものですし、歌も昔に比べれば音程のあわないヴァイオリン並みにお聞かせできるレベルではなくなっている気がします。


でも楽しかったから数年は飽きずにやりました。DTM*1ソフトを駆使しながらMTR*2でミックスし、スタジオで歌を収録なんてこともしました。ギター担当だった男は一時期プロとして活動するほど音楽にのめりこんでいたので、彼の機材と腕を頼りながらエセミュージシャンライフを楽しみました。

 

ギターって、ちゃんと弾けるようになるには少しだけハードルが高いのですが、「なんか楽しそう」「なんかかっこよさそう」ではじめられる、お手軽スタート楽器の代表格ではないでしょうか。

 

 

 

一方で「家事のうまい叔母さんだなあ」と思っていた親戚が部屋の奥にしまっていたアコースティックギターを抱えたとたん大貫妙子のようにサマになっていたり、おっかないと思っていた取引先の方がsmashing pumpkinsのイハ(ギタリスト)の話になったとたん子どものような目で私を親友扱いしてきたりと、魔法がかった面がある楽器でもあります。

 

ピアノもそういう面があります。特に小さいころにお稽古ごとの一環として習っていた人は意外と多く、男の子で鍵盤が叩ける子は中学になるとバンドでひっぱりだこになったりします*3。途中で辞めたにせよ、よっぽどイヤで離れたのでなければ音楽は好きなままです。加えて楽譜を読むことが出来るので一般人よりも造詣は深い。ピアノ人口は日本で400万人いるらしいですから、超絶うまい人からネコふんじゃったで終わった人まで、とても裾野が広いのです。

 

が。ヴァイオリンはそうはいきません。

 

きらきら星で終えた、という人をあまり聞いたことがありません。だいたいザイツの手前くらいまで弾いていやになって辞めるか、そのハードルをクリアして先に進むかの二択だと思います。しかし続いた子でも、たいてい受験で辞めてしまうそうで。そもそも日本のヴァイオリン人口は10万人しかいません。そのうちプロとして活躍できているのが1000人。世界的に活躍できるのは30名くらいだそうです。

 

 

 

ここで不思議な現象が起きます。どんな世界でもそうなのですが、人口が少なくかつ閉じた業界では、少しでも他人より自分が優位にいることがわかると、下位にいる者を蔑視し排除しようとする動きが生まれる。つまりここで言うところの

 

下手は演奏してはならない。

 

という『ヴァイオリニスト=ジーニアスでなければならない』神話が生まれます。“アーリー”と“レイター”*4なんて言葉があること自体、どこか奏者たちも進んで区別しているきらいがあるのでしょう。未経験の親からするとばからしくて笑ってしまうのですが、ヴァイオリンを早期修得しある程度以上弾ける人の中には、本当にときおり「レイターは根本的に下手だから努力は無駄」と思っている人たちがいます。

 

ギターなんて、高校生から始めた子が多いのに。楽譜の読み方すら知らなくて、TAB譜でしか弾けないとか、GとCとFが弾けるようになったからこれだけで音楽やってるとか、そんなのザラにいるのに。

 

みんな音楽を楽しんでるよ? それじゃダメですかね?

 

音痴なカラオケを「それも味」と笑う文化、私は正直あまり好きではありませんでした。しかしあれは一種の優しさです。音楽は好き。歌うことも好き。音痴だけど楽しいから歌う。それをとがめず見守るための常套句なのです。「笑っちゃうよね、あのハズしかたは無いわ」と笑われても、それはそれで本人が楽しそうなら皆が幸せな文化なのです。

 

ヴァイオリンになったとたん、なんとなく「ヴァイオリンをやってる」といいづらい雰囲気が生まれます。「下手が演奏するのは罪」みたいな風潮がはびこっているからでしょうか。加えて楽器が高いからというイメージが先行し、お金持ちの道楽と思われている節があります。ちなみにうちはドのつく庶民です。

 

楽器なんてヤフーオークションなら3万円もあればそこそこの中古が買えます。7万円出せばスズキの量産品をフルサイズで買えます。もちろんプロは高価な楽器を求められますが、それはなにもヴァイオリンに限った話ではありません。ギターだってプロのライブに使われる楽器は数十万~数百万しますし。でも中学生が始めるエレキなんて、5万円出せばギターにアンプ、ケースに教則ビデオまでついてきます。もちろんおもちゃみたいな音ですが、初めて触れるには過不足ないものです。プロを目指せば自然といいものを持ちたくなるのはどの世界も同じですね。

 

さて、こんな記事がありました。

 


ストラディヴァリウス、貸します:日経ビジネスオンライン

 

中澤:「クラシック音楽が好き」という人、今、日本にどのくらいいると思いますか?

20%くらい…いや、危機というからには10%くらいですか?

中澤:答えは1%以下です。

う~む、深刻な数字ですね。

中澤クラシック音楽マーケットは「絶滅危惧種」なんです。

しかし、海外のコンクールで日本の演奏家が優勝したり、世界で活躍する日本人指揮者もいる。コンサートホールも盛況では?

中澤:例えば、ウィーンフィルオーケストラが来日する。席は4万円で満席。別の有名なオーケストラが来日してこちらも満席。一見、盛況のようですが、来ている人はいつも同じ、と考えると、どうですか。1%の熱心なファンが支えていて、広がりがないとしたら。

 他方で、音楽大学の卒業生は毎年1万人近くいる。その中のトップの演奏家が日本音楽コンクールで1位を獲って表舞台に出たとして、1%市場で1万分の1…。結局、私が子供の頃に感じた危機的状況は改善されていないんです。

 

ここから続く記事には、深刻な現状についての分析と、日本ヴァイオリン中澤社長の展望や活動がつづられています。音大生の無駄なプライドの高さにも触れていました。お時間があったら是非読んで見てください。とてもいいインタビューでした。

 

 

 

楽器道を学んだ人たちの人気就職先はオーケストラらしいのですが、現状はパーマネントメンバーを求めず助っ人で回している管弦楽団が多いらしく、プロとして活動されてきた演奏家でさえ「仕事が減っている」状況だそうです。不景気のせいでパトロンとなる企業が真っ先に文化事業にメスを入れるため、リストラの波はクラシック業界にも押し寄せてくる。

 

当然です。国内にファンが100万人しかいないのだから。

 

国内では儲からない。儲からないから企業はお金を出さない。企業がお金を出さないから演奏家は食えない。食えないから優秀な演奏家はみんな海外に流れていく。一方で国内にファンを増やそうとしても「下手は演奏するな」という風潮が流れていて、どこかお高くとまっている。一般には「クラシックは高尚で私には難しくて手が出せない趣味」というイメージが蔓延しているからファンが増えない。まさに負のスパイラルです。

 

こりゃいかんでしょう。暗い未来しか思い浮かびません。

 

ですから、クラシックを好み、ヴァイオリンを愛する人たちは「あのヴァイオリニストは下手だ」「あのヴァイオリニストはダメだ」と辛い点をつけるのではなく、業界全体を見渡す目を持って積極的に応援するほうがいい気がするのです。業界を応援してくれるファンのいない世界では、ヴァイオリニストなんてただの指先が器用な人です。

 

志なき知性は翼のない鳥である。*5

 

なんてことを考えた週末でした。

 

こぼれ話。「再就職するとしたら中澤社長のところがいいな」と妻に言ったら「やめてよ。使ってくれないよ。ほんとやめて。へんな夢みないで。やめて」とものすごい勢いでダメ出しされました。

 

志なき転職は……。

 

ではまた。




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*1:デスクトップミュージックの略。パソコンを使って作曲することの総称。

*2:マルチトラックレコーダーの略。トラック別にそれぞれの楽器の音を録音できる機械。

*3:一番人気はドラムですが。

*4:早期修得者と、いわゆる大人ヴァイオリン

*5:ホイッスル!』椎名翼