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人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

コンクールの功罪

ひとりごと ヴァイオリン コンクール 考察

エリザベート王妃国際コンクール、決勝の毛利さんの演奏が終わりましたシベリウスはもうずっと弾いてきた曲ですから、堂々たるものでしたが、ミカエル・ジャレルの現代曲はなんだかもう難しいのなんの。電波障害のようなフラジオの連続、尺八のようなフラジオと、琴のようなピチカートと。日本っぽい雰囲気もありましたので、比較的イメージはしやすいのだと思いますが、なんといいますか、すごい曲です。よく間違えずに弾ききれたものです(間違えていたとしてもわかんないです……)。

 

上記の動画では審査をしているピエール・アモイヤル氏や諏訪内晶子さんの姿なんかも映りました。残念ながら五嶋みどりさんはみつけることができず……。

 

終了後のインタビューは日本語で受けていましたね。結果発表の土曜日までは観光に行きたいとおっしゃってました。ベルギーの初夏、きっと美しいでしょうねえ。

 

さて。

 

ヴァイオリン・ピアノ関連のブログを拝見していると、昨今「コンクール」についての話題が活発化していますね。もっというなら「コンクール弾き」という演奏法に賛否が分かれている様子。すでに話題のピークも去って一段落したと思いますので、触れておこうかと思います(火中の栗は拾わないタイプなのです)。

 

たぶん話題の火種はこれ。

togetter.com

 

要約すると、

 

  • 小さい頃にコンクール受賞者を多発させるピアノ教室をやめさせた
  • 幼少期にコンクールを連続受賞していた子たちは譜読みができないまま成長
  • そして中学・高校でみな噂を聞かなくなる
  • 「大人にピークがくる教育」の先生の哲学が素晴らしいので娘さんの先生を替えた
  • 娘さんにピッタリ! 音楽を楽しむ教育が特に素晴らしい!

 

ということらしいです。

 

私は「それは災難でしたね。でも結果としてご息女に合ったいい先生がみつかってよかったですね」という感想しか持ちえません。このツイートまとめをもとにコンクールについて議論を展開するのは、正直なところ「乱暴だなあ」と思います。だってこれは、ツイート主ご息女のピアノの元先生個人についての話であって、コンクールの功罪なんてどこにも書かれていないから。たったひとつの事例をまるで普遍的な事実のように解釈して拡散するのは、ただのアジテートです。

 

さて、それをふまえてコンクールの話を。

 

資格やコンテストの「攻略法」を売る商売というのは、どの世界にもあります。塾なんてまさにソレですよね。もっとニッチに「読書感想文で賞をとる攻略法」を教える人もいます。ロンドン在住の方に教えていただいたのですが、向こうでは「ABRSM」というグレード試験があるそうです。課題も具体的に教えていただいたのですが、とてもバランスに優れたテスト内容で、上位レベルはさすがにかなりの難関。これに合格すればそれ相応の実力があるとみなされてしかるべきでしょう。しかし下位のグレードは審査員の印象をよくするコツがあるらしく、合格させることに特化したレッスンを親が進んでさせることもあるとかで。……つまり、ところ違えども似たような事例はあるものなんです。

 

だから、「いかに好成績を残すか」ではなく「どうコンクールを利用するか」という目線で見れば、この問題は実はたいして複雑な話ではないのです。せっかくお金を払って出場するのですから、いい順位がほしいと思うのは自然なことで、その気持ちを叶えるために攻略法を伝授くださる先生がいるのも理解できます。ですが、コンクールに出る、出ないを決めるのは本人とご家族。そして参加する理由まで先生の言うとおりにする必要は無い、と私は思います。

 

もちろん「なんとなく出場ー。入選しなくてもいいやー」という子に「あなたね、音楽ってそういうもんじゃないでしょ」と喝を入れるのは大事ですよ? そうではなく、「とにかく入賞する!」なのか「とにかく限られた時間内に曲を仕上げる訓練を!」なのか「現先生以外の講評も聞いてみたい!」なのか「人前で弾くトレーニングに!」なのか。参加理由なんて人それぞれだと思うのです。

 

それを先生と一緒に決めるならまだしも、先生にすべて決めてもらう、というのは……なんというか、昭和の香り漂う前時代的な風習ですよね。それに従っちゃう側も意志が感じられません。いや、それがお教室での序列になるから必死なんだ、とか、そこで賞を取ると先生が別の先生を紹介してくれるんだ、とか、そういう事情もあるかもしれませんから、一概には言えませんけどね。

 

ちなみに長女の先生と二女のお師匠は、「子どもの頃に獲ったコンクールの賞なんて、大人になったら何の箔にもならない」とのたまう方々。それでも出るなら「最善の準備をして音楽的に演奏してくるべき」とお考えです。ですから最初は面食らったのですが、お二人とも「伴奏者は大事だよ」と先生選びにとてもこだわられます。

 

長女が先のコンクールで好成績を収めたとき、先生は長女にこうおっしゃいました。

 

「これからが大変だよ。順位が下だった子たちが猛然と追い上げてくるから。人間、失敗しないと学べないことってあるの。今回のコンクールで失敗したと思った子たちは、ひとまわり大きくなって戻ってくるんだよ。だから油断しないでコツコツと積み上げてね」

 

とても先生らしい訓示でした。我が家はこの「失敗や悔しさから学ぶ」ことを身をもって知っています。長女はコンクールに2度参加していますが、どちらも本選で低い評価を受け、お通夜のような気分で帰宅。それから奮起し、全国大会までに必死で仕上げる特訓をしています。確かに、あのときの気持ちは「這い上がるぞ!」というとても強いものでした。

 

打ちのめされるためにコンクールに出場する。そんな目的があってもいいかもしれません。

 

将来を見据えたコンクール利用という話題もありますが、それはまた後日
「コンクール弾き」についても機会があれば書きたいですね

 

ではまた。