指板と駒のあいだ
一度ついた癖というのはなかなか直らない。特に肉体的な運動は。野球のピッチャーがよく「フォームの改造を」と言うのを聞きますが、あれはすごいことですね。今まで一番慣れていて結果を出してきたから今のポジションがあるというのに、それを改造してさらに上を目指す……ことも尊敬に値すると思いますが、それよりも一度からだが覚えてしまったことを無かったことにするのですから、とんでもなく難易度の高いことです。
ヴァイオリンにとっては、右手、つまり弓がそれにあたると思うのです。
長女は、以下の二点が問題になっています。
・難しいパッセージになればなるほど、弓が寝る
→大きな音が出ず、かすれたような音色になってしまう。
・難しいパッセージになればなるほど、指板寄りを弾く。
→ヴァイオリンの最も鳴る箇所を外して弾き続けることになってしまう。
ヴァイオリン本体には最大のポテンシャルがあり、そこを弾くことができないと、他の「かすれたような音」とか「すすり泣くような音」とか「楽しく弾むような音」とかは出せないものです。人間の声にたとえた場合、その人の肺活量や声帯の個性が決まっていて努力で伸ばせないという仮定で書きますが、「もっとも高い音、もっとも大きな声、もっとも魅力的な音域」を知らないとその人の歌手としての魅力は判別できません。だから楽器の限界を知るという作業はとても大事ですし、ピークで弾き続ける技量は絶対に必要なテクニックなのです。
そういう意味で、上記2点はとても大切。できなきゃアカンのよ、長女。
ひとつずつ細かい点を確認していくと、あちらこちらの要因がすべて連動していることがわかりました。その要因は以下のもの。
・難しい部分になると、指や手首、腕が力む。
・発声のなかで最高の音が何かを理解しきれていない。
・腕の重みや長さ、握力をはじめとした筋力が足りていない。
全部が壮絶に絡み合っていますから、その都度全部指摘していかないといけません。
たとえば力みでいえば、アップダウンに早くてかつ鳴らさないといけない箇所などでは、顕著に弓が指板よりを弾きます。早くなると右手に力が入り、親指や小指が突っ張り、その結果弓が寝る。すると弓の力が斜めに跳ね返りますから指板寄りに向きますので、弦の圧に押し出され、指板を弾く。ここは弦の圧が少ないのでそれで安定して弾けるようになるため落ち着く……とこういう経緯ではないかと思うのです。
音を理解していない部分に関して言うと、その曲のいちばんロマンティックな箇所であることがわかっていれば、もっと分厚くてふくよかな音を出したいと思うはずなのに、弓の返しに気を取られて、上記のような手順で自分がもっとも安定して音を出せる箇所に弾く箇所が落ち着いてしまうのではないかと予測します。
腕の長さが足りない点でいうと、フォルテで弓先まで弾ききったあと、アップボウに切り替えるところもフォルテの場合、返しのときに弓が斜めになります。腕の長さが足りないことと、腕の重みが足りないこと、その分音を出そうとして力んでしまうこと。これらが複雑に絡み合っています。
とまあ、ケースバイケースの見本市みたいな因果なのです。都度都度いい続けるしかないのでしょう。ただ、そういう原因がある「のではないか」と推測しながら指摘していると、奏者本人もだんだん言われていることと自分のしていることがつながってきて、注意しやすくなるみたいです。
ただこの修正を繰り返していたら本人も「音を聴こう」とするようになりました
その延長で「音楽を作る」意識を培うようになってくれると最高ですね
ではまた。