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人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

違いがわからない

姉妹のプール熱が高騰中です。

 

何はなくとも「プールに連れて行け」というふたり。ほとんど泳げないくせに、なぜそんなにもプールは行きたいのだろう。ただ、「浮く」方法と「沈む」方法、「息を我慢する方法」を教えたら、とたんにプールが楽しくなったようで。何ごとも基本は大事なのかもしれませんね。

 

長女、パガニーニのコンチェルトを猛特訓中です。

 

ようやくではありますが、人さまにお聴きいただき何かしら批評してもらえるくらいまでには仕上がってきました。とはいえ先生は「まだまだ」とまったく納得していらっしゃらないようす。

 

さて、一方の長女さん。最近のレッスン後、先生のご指摘を思い返して首をひねっていました。

 

「先生の言ってることがわかんない」

「……ん? 意味がわからないっていうこと?」

「うん」

「それなら質問すればいいじゃない」

「違うの。『とてもいいけど、もっといい音楽があるよね』って言ってから弾いてくれるでしょ。で、私が弾くでしょ。すると『とてもよくなった』って言われるでしょ。何が変わったのか、自分でつかめないの」

「なるほど。実はパパも何が違うのかわからないんだ」

「そうなんだー。なんとなく違うのはわかるんだよ? でももう一度やって、って言われても、録音を聴きなおしても、何が違うのかわかんない」

 

これは……どう考えていいのか判断に迷いますが、私は素晴らしい兆候だと思いました。

 

まだ弟子入りして数週間のころ、クライスラーのプレリュードとアレグロを弾いたときのこと。「まだ切れているよ。もっとつなげて! 音楽っていうのは、音をつなげるものなの」と教えていただいたのに、4週連続で「つなげること」を意識して弾いていったにも関わらず、「まだ切れている」と言われ続けたことがありました。

 

その当時、私も妻も、当然長女も、「音楽が切れている」という感覚がまったくわからなかった。どういうことなんだろう、と一生懸命考えて、試して、ようやく「そうそう」とおっしゃっていただいたときの喜びといったらありませんでした。

 

今では、誰の演奏を聴いても「あ、音楽が切れてる」とわかるようになりました。耳と感覚を育てていただいたのですね。

 

実は「音楽を知る」って、そういうことの繰り返しなんじゃないかと思いました。だから、きっとこれは新しい概念を頭に植え付ける、とても素晴らしい体験なのだと思います。

 

長女よ、たくさん悩んで、時分のものにしようね!

 

といいながら、自分も理解できるようになりたいと心から思います
新しい聴き方を教わると、音楽の楽しみ方がものすごく広がりますね

 

ではまた。