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人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

シン・ゴジラに思う音楽の話

シン・ゴジラ、観てまいりました。とにかく、とにかく、面白かった。庵野監督の作風を知っている人ならば、「あーはいはい、これがやりたかったのね」と誰もがニヤニヤしながらうなずくのではないでしょうか。

 

実際、元となったであろう第六話は、私も大好きなエピソード。ああいうシチュエーションに高揚する人は、本作、劇場で観ておくことをオススメします。

 

クラシック音楽というのは、よくも悪くも過去に必ず演奏例があり、そこには何人もの脳内で醸成されていった知識と知恵と工夫と経験の積み重ねがあります。私が小学生だったころより今の子たちは歴史の教科書で覚えなければならない言葉が増えているのと同様、私が小学生の頃と今では、弾きかたに新しい解釈を加えて加えて、こねくり回されていることでしょう。

 

その上澄みだけをすくって解釈した気持ちになって、弾けた気になっているのでは、やはり浅い演奏になってしまう。「面白い」とはなかなか感じてもらえない。何も小学生だけに限らず、プロだって、もっと言えばヴァイオリンの教師だって、そこは一緒だと思うのです。

 

シン・ゴジラには元となるイメージストーリーがありました。そこに「こうやったら面白いんじゃないか」というアレンジを数多く加えることで新鮮味をもたせています。元となる楽譜や演奏例があり、それを自分の好きな形に解釈しなおす。表現方法は違えど、音楽にも同じことが言えるのではないか。

 

音楽では演奏者にあたる庵野監督は、特撮やアニメを深く深く愛する人です。ほっておけば1日中大好きなテレビにかじりついているのではないでしょうか。膨大なインプットがあるので、どうしても自分色のアウトプットをしないとバランスが保てない、だから作品を作っている、そんな風に見えてしまいます。

 

さて、音楽は……?

 

超のつく一流になるなら、自我の発露は必須。発露があってそれを形づくれるだけのテクニックがそのときにあれば、おのずと周囲が放っておかない人になることでしょう。

 

熱量の高い作品からは、多くの教えや気持ちを分けてもらえますね
親も熱量があるところを子に見せていかないといけないなあ……

 

ではまた。