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人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

音楽ざんまい

長女、ヴァイオリンのレッスンがありました。コンクール明けということもあり、本人も少し自分がやらなければならないことを自覚していたようで、緊張した面持ちです。

 

それだけでも、出た甲斐があったというもの。

 

過日のコンクールで講評いただいた内容をとにかく修正していただくレッスンでした。さらに、先生が以前からずっと、ずーっとおっしゃっていた内容を、さらに濃く、さらに徹底してご指導いただく。それだけであっというまに時間が過ぎていってしまいます。

 

実は最近長女の演奏から自我の発露が見られないことを、私も周囲も心配していました。その原因は、ひょっとしたら音程を徹底して練習しすぎ、本人は音程をとることに集中しすぎて、少し逃げを打ったような精神状態に陥っていたのではないかと感じたのです。

 

そこで、レッスンから帰ったあとに妻と今後の方針についてよくよく話し合い、そしてひとつの結論を試してみよう、となりました。

 

音程や奏法の練習はスケールやその他にまかせ、曲の練習は音楽に関することのみに集中。長女にも「姿勢や奏法、音程は別練習で厳しくやろう。でも音楽のときはとにかくはじけよう!」と練習前によくよく言い聞かせる。とにかくやってみよう。

 

……すると、以前私たちの前でドヤ顔で弾いていた長女のハツラツさが少し戻ってきたのです。やはり、音程の話を厳しくしすぎて、逃げ腰になっていたのかな。本来の目的である「音楽を奏でる」ことから少し心と体が乖離してしまっていたのでしょうね。

 

その後、「音楽は楽しいんだよ」と思い出してもらうために、私たちが若かりしころよく聴いたポップスの名曲をたくさん聴かせました。姉妹してPVを食い入るように見つめ、ときおり「あ、この歌好き」などともう一度聴くことを求めてくる。夫婦も懐かしい曲集に思わず口ずさんでしまいます。

 

あっというまに1時間くらいが過ぎてしまいましたが、きっと彼女たちの体は今、新たな音楽で満たされていることでしょう。これを繰り返すことで、非日常的な精神の表現のかけらを掴んでくれるといいな。

 

結局最後に盛り上がったのは岡崎体育でしたけど
親は親でAviciiにアゲアゲでした。最近CMで使われだしましたね

 

ではまた。