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人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

所変われば品変わる

「厳しい練習」をしたら「演奏家になれる」という命題があるとします。これ、いつも思うのですが成り立たないですよね。

 

p       q         p→q

厳しい練習   演奏家になれる   真

厳しい練習   演奏家になれない  真

楽しい練習   演奏家になれる   真

楽しい練習   演奏家になれない  真

 

ほらー! 全部真じゃないですか!(いや数学的に「真」は意味が違うので、この図はおかしいのですが……)対偶を求めるまでもなく、命題では解けない問題だからこそ、「残るは才能」とかいわれてしまうわけで。

 

なんていうくだらないことを考えるくらいには時間に余裕ができたので、更新したいと思います。

 

姉妹のとても仲良しのお友だちと、一日中遊園地で遊ぶ機会がありました。親同士も近況報告などしながらとてもいい時間を過ごせたと思います。長女はビビリで怖い乗り物を嫌がって乗らないのですが、お友だちと一緒だとチャレンジしてみようとするらしく、その上で気持ちも高ぶるのか、「思っていたより怖くなかった! もう1回乗ってくる!」とどんどん新しい楽しみ方を覚えていきます。

子の成長にとってお友だちって本当にありがたく、そして大切ですね。大変な出来事も多かったこの半年ですが、子どもの笑いの塊を見ていると、こちらも笑顔になりつつ裏で仲間の大切さを痛感します。

 

練習は日々日々、基礎、そして基礎です。これしか書くことがないんですよ、本当に! 長女の先生をよくご存知の方も「アレとコレとソレやってらっしゃい、曲はコレ、っていわれたでしょ!」と笑いながら話していらっしゃいました。その筋では有名な話なのかもしれません。

そんな長女も少しは現状に馴染んできたのか、そして先生が求める姿勢を理解できてきたのか、最近ようやく納得のうえでヴァイオリンを愉しむようになってきています。前ほど気負わなくなりましたし、自然と音楽や楽器に接している感じ。近日、お教室の発表会(のようなもの?)に初参加しますが、前ほど「ちゃんと弾かなきゃ!」というピリピリした雰囲気はありません。

 

それを見ていて思ったことが。

 

研ぎ澄ませていく楽器道。楽しく拡散していく楽器道。どちらが正しいかなんてものは、それこそ命題として成り立たないものでして、つまり真理は無いのだからどちらでもいいのですが、子の姿勢には影響するものだと感じました。

師とあおぐ方の音楽に対する姿勢が前者の場合、子も同じように研ぎ澄ますように自分を削っていく。逆に後者の場合は子も自然体になってくる。私は前者だったときの長女も職人のようで好きですが、今の長女の自然体も頼もしく思えます。

もともと音楽つながりのお友だちを大事にしたがる長女は「わー、きゃー、楽しいね、仲良くしよう!」となる性格。現在の先生は強い陽のオーラをまとった方ですので、そもそも心情的な相性がいいのかもしれません。

 

発表会で新しいお友だちができるといいね。

  

先生がニコニコしているので発表会は親も楽しみです
まあ厳密に言うと発表会というよりは……? なのですが

 

ではまた。