人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

正解なんてない、いち父親の選択

学生音楽コンクール東京本選。長女さんが出演いたしました。会場でご挨拶できた方々ありがとうございました。はじめましてにも関わらず、声をかけてくださった方も本当に嬉しかったです。緊張がたたってまともに応対できていたかすら覚えていません。不躾がございましたらご容赦を……。

そして、長女の演奏について現地で講評をくださった諸先生がたにも本当に勇気付けられました。誠にありがとうございました。長女がいかにたくさんの方々に支えられてきたのかを痛感する1日でした。

客としては何度も会場に足を運んできたものの、出場者の家族として今回初めて参加した感想を率直に表すなら「なにがなんだかわからない」。来なれた場所が別の世界のようでした。人の声も顔もなにも耳目に入らず、祈る神もないのでただただ呆然と時が過ぎるのを待つしかできない木偶の坊になってました。
サウイフモノニ ワタシハナッテイタ

それもこれも、前日の併せ練習の出来があまりにも悪かったから。

前日。長女はご機嫌で楽器を構え、同じ舞台に立つ同門の親友と張り合うように音出しをしていたのに、いざ曲が始まるといままで積み上げてきたことを忘れてしまったかのようなひどい演奏。親のこちらが真っ青になりました。それでも、先生や妻は長女の気持ちが落ちないように前向きな言葉をたくさん連ねています。あれはあれで胆力のいることなのでしょうが、正直、同調すべきか迷いました。そして本人に自覚さえあればなにも言うまい……と決めて、ひとつだけ質問をすることに。

今日の併せはどうだった?

「んー、ちょっと音程が悪かったかな。でもやりたいことはできた」

……おい。本気か。

さすがに、黙っていられませんでした。なぜなら長女は常々「いい成績をとりたい」と言っていたから。そのために努力を重ねてきたことも知っている。たくさん我慢してきたことも知っている。だからこそ!ここで私が本当のことを言わなかったら、自分はもちろん本人も後悔するんじゃないか。

その恐怖に負けました。かっこよく「断固たる意思で」決断できればよかったのですが、本音は、怖かった。だから、我慢がききませんでした。終わった今でも、この行為がよかったのかは判断がつきません。

夕飯を食べようというそのときに、正直な感想を伝えました。本人の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。見かねた妻がとりなしてくれ、泣かせるつもりではなかったこと、言葉を選び間違えたことを謝りました。でも、言ってしまったのだから仕方がない。寝る前の通し練習のときに、気になったことをすべて指摘します。そのころには持ち直していた長女と、率直に意見交換。翌朝も手を抜かずに、感情的にならないように注意しながら指摘を続けました。

早朝すぎてまだ誰もいない六本木一丁目駅。そのエスカレーターで並んで立ったとき、これで最後にしようと言葉を選びました。

「いろいろ言ったけど、今日頑張ることをみっつだけ決めよう」

すると長女は

ネックを下げない
右手の親指を抜く
楽しむ

と即座に答えたのです。ちゃんと自分の頭で考えていたんだな……よし、それだけはやろう!と励まし、通用口から楽屋に消えていく姿を見送りました。もうなにもできません。会場に座るだけです。

ステージに立った彼女は、とても堂々としていました。落ち着いてお辞儀をし、大人のように静かにチューニング、そしてピアニストの先生に目で合図をして演奏に入っていきます。

一気に駆け抜けた長女の演奏は素晴らしかった。6月からずっと毎日のようにさらってきたこの曲を、できるほぼすべてで弾けたことに心から震えた。順位はどうなろうと、大満足!!

その感動にひたりつつ、とてつもなく上手い他の子たちの音を浴びながら、結果発表の最後まで緊張が抜けませんでした。ガチガチだったんじゃないでしょうか。ソワソワしてたんじゃないでしょうか。恥ずかしくてそのときの自分を振り返りたくないのですが、多くの方にご挨拶したので、今さら汗顔の至りです。

結果をみた長女は、悔しそうに顔を歪めました。

頼もしい、けどそこが逆に弱さでもある。ここからは人間力も試されますね。人間がそう簡単に成長するとは思えませんが、精一杯いこう。いい演奏者であるとともに、いい大人を目指してほしいな。

また、練習の日々が続きます。

ではまた。