人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

親の焦りは試されている

ほぼ独り言に近いので、ボソボソと書き逃げしたいと思います。

 

子は可能性のかたまりだと言います。本当にそうで、本人の意識と周囲の助力さえあれば、子は大人が考える以上の伸びを見せることと思います。ですから、伸ばし方を間違えていないか、小心な私は日々ドキドキしています。

 

長女について「難しい曲にチャレンジしてすごいね」と言われることがありますが、私から言わせると、地道な訓練を積んでいるお子さんは「きちんと基礎からしっかり固めてもらえていて、いいなあ」と思っています。左手の使い方、右手の使い方、ヴァイオリンの角度、音の出し方、ロングトーンの練習など、「難しい曲は大人になったらいつでも弾ける」派の先生の教え方は安心感がある。

 

ただ、人は同じ24時間を生きている。だからその1時間を何に使うのかは人それぞれ。ならば一度信じると決めた先生の方針に従って邁進しよう。幸いにも素晴らしい先生に教えていただけているのだから――そう思っているだけ。今の苦労が将来につながるのか、誰も知らないし見極めることもできないし。

 

幼少期に難しい曲を学ぶことで得られたことはたくさんありました。けど一方で、指使いや音などにこだわった、じっくりと進むレッスンで得られる効果もたくさんあるでしょう。片方が片方をうらやましがっても、結局お互いに、無いものねだりなだけなんですよね。

 

せめて、「どうせあのブドウは酸っぱいんだ」と言い捨てた狐の愚は犯したくない、と常々戒めているところです。

 

親も試されますね、人間力

  

子とともに人生修行です
遠足気分の姉妹には逆に励まされています

 

ではまた。