人生を劇場にしない

ヴァイオリン経験皆無の親が、迷走しながら長女を導く軌跡

感情をこめて

長女さん、先生のヴァイオリンレッスンがありました。母親が常に練習を管理していることもあって、練習量だけは絶対的な自信があり、子どもの習い事にありがちな「行きたくないー」という泣き言は一度も言ったことがありません。それどころか、毎度同じことを注意されているにもかかわらず、レッスン後は「あー楽しかったー」と言いながら帰ります。

 

レッスンが楽しいってすごいな。向いているか向いていないかだけで言うなら、かなり向いているタイプなのでしょう。

 

さてレッスンの内容はスケールとカイザーを中心にしっかりおさらいをし、新しい曲目をいただいたり、継続練習を指示されたり、といったいつもどおりの光景でした。

 

クライスラーの『プレリュードとアレグロ』も前回のレッスン後に「うん、だんだんよくなってきたね」と言っていただいたおかげか、ブラッシュアップに身が入るようになってきています。今回もっとも成果のあったことは、はじめて、音の表情について言及があったこと。

 

「ここは悲しくて涙が出るような音で」

「全部の音が違う表情を持つように弾いて」

 

今まではポジション移動や指使い、スピッカートの仕方や音の出し方などの指示ばかりでしたが、ようやく表情付けについて教えていただけるようになりました。夏休みに譜読みをはじめてからすでに四ヶ月が経ち、レッスンも体験を含めればすでに七回目。ようやくといった感じで親も感慨ひとしおです。

 

この日も「だいぶよくなったね」とお褒めいただけました。特にソロ部分は「今のはとてもよかった。かっこいいね!」と手放しで賞賛され、またもや長女さん陰で小さくガッツポーズ。もちろんまだまだ仕上げなければならない課題は山積なのですが、それでも前にすすんでいる実感がわきます。

 

逆に後退したのがスピッカート。「うーん、飛ばすのはやっぱりまだ難しいかな。普通に弾いてもいいよ?」と初の簡易化指示が。こういうの、長女さんはとても悔しがります。きっと心の中では「ゼッタイに次には弾けるようになってやる」と思っているはずです。……あ、妻にも火がついてる気がする。

 

そして、決して「楽譜を手に入れたのは三日前です」なんて顔をせずに「モーツァルトも!」と楽譜を差し出す長女。「こんなにやってきた私すごいすてき」と自分に酔えるタイプはこういうドMなこと大好きですよね。なかなか弾けなくて半泣きで練習していたくせに、前日には少しまともに聴けるくらいにはさらっていました。ヨアヒムのカデンツァはさすがに読めませんでしたが、5ページあるうち2ページはまあまあ、2ページは「うーん」レベルには弾いてきたおかげで、レッスンをつけていただけました。

 

この日、家に帰ってから「一時間ちゃんと練習したら夕飯は外食」と伝えたら、キャッキャとはりきって練習をはじめたふたり。……ファミレスだぜ? と親は思うものの、外で食べるというのがひとつのイベントになっているんでしょうね。

 

あれだけ集中してレッスンを受けながら、まだまだ元気な長女さんは本当に体力がつきました。予定を詰め込むの大好きだもんね。年末まで体をこわさず、がんばっていきまっしょい

 

皆様もご自愛ください。

 

ではまた。



ブログランキング・にほんブログ村へ  

↑クリックくださると励みになります。